ゼロ号患者の痕跡【第4回】La 4ème partie
《ゼロ号患者》の痕跡【第4回】
オワーズ県民はクレイユ基地が感染源かもしれないと考え始める。云く、基地は隠し事をしているのではないか?武漢から戻った機体は掃除されただけで、消毒はされなかったに違いない。武漢からの飛行機には、極秘に中国から脱出させたスパイもひとり乗っていて、彼がウイルスを持ち込んだのではないか?諜報員には一般の規則は適用されないからね。地元メディアだけでなく、全国紙も特集を組み、この件を追った。
同じ頃、オワーズ県上院議員のローランス・ロシニョールはパスツール研究所へ同県に住む某エール・フランス乗務員について報告した。「去る11月27日、この乗務員は新型コロナの症状を発症しました。北京便に乗務した後、ひどい疲れ、熱、咳、すべての症状を示しました」この乗務員は全快するまでに2ヶ月半かかり、その間、娘と息子も同じ病気にかかったそうである。中国で新型コロナが報告されたのは12月中旬のことだが、今では、その1ヶ月前の11月17日に感染者が出ていたことが判っている。彼女がゼロ号患者なのか?近いうちに彼女は抗体検査を受けることになっている。
基地は様々な風聞に対して殻に閉じこもっている。6人の調査員たちは、100人以上の民間人の聞き取りを実施した。しかし、軍人への聞き取りは国防省が担当した。その情報は断片的にしか集まらない。接触者リストと質問票をまとめるに従い、伝染病専門医たちはひとつの確信を得るに至る。「感染は数週間前から始まっていました」「ヴァロトー、ジャン・ピエール・G、ヴァレリー・Mの感染は何人もの感染を経て起きたものです」「彼らは4〜5次感染です」と調査グループのひとりマイユは説明する。第一次感染は新型ウイルス発症地である故、クレイユ基地で発見された最初の患者は第一次感染ではない。では、オワーズ県の彼らの前に感染していたのは誰なのか?
謎の諜報員?スチュワーデス?それとも中国人ツーリスト?基地近辺では、ロワッシー空港職員の可能性も浮上した。ロワッシーはヨーロッパ第2の国際空港であり、年間乗客数は7千2百万にも上る。この空港の警備員の感染も確認されたが、病気発症の時期が合わない為、保健局はすぐに空港経由感染の可能性は除外した。
3月13日、専門医によるゼロ号患者調査が打ち切られた。そして、驚くべき結論が出された。新型肺炎〈Covid-19〉のケースが1月第2週にあったことが判明したのである。フランスで最初に感染が確認された1月24日の中国人ケースよりも前ということになる。春節を祝う為に家族に会いに来た中国人や帰国便乗客、さらにはフランスと中国間のフライトがキャンセルになる前である。保健局はゼロ号患者調査を終了した。これ以上調査しても、すでに感染拡大してしまったオワーズ県住民の不安を拭うことはできず、逆にウイルスを誰が撒き散らしたかという責任問題に行き着く。調査グループのメンバーであるマイユは「この患者はオワーズ県の住民ですが、乗務員でも空港職員でもありません。空港とは縁がありませんが、中国と縁があります」と漏らし、これ以上の説明を避けた。この人物は、知らぬ間に広大なこの地方の森にウイルスの火を放ってしまったようである。 【終】